ギリシャ・エーゲ海の旅
(2013.3.16ー3.25)

  ギリシャ・エーゲ海の旅には2つの思いがあった。一つは、ここ数年、ヨーロッパを楽し見 歩記し、残されていたヨーロッパ文明源流の国であったこと、そして始めてのクルーズ旅行 参加への興味が2つ目でした。しかしギリシャに歴史を求めて訪ねる場合本土だけでは ダメで、どうしても島々巡り・クルーズが必要となってくるので2つの思いは1つとなる。   出発日程を躊躇させたのは、外務省の海外渡航情報に年初からアテネの爆弾爆発情報 ですが、旅行会社にヒヤリングすると、それは観光客の行く所では発生してないし、 普通に街を歩いて大丈夫とのことであったので、若干早いと思ったが3月の旅行を友達夫婦と 決めた。日程は3.16出発、アテネ見物、エーゲ海クルーズ、デルフィ、カランバカ、3.25日帰国 であった。年代的には BC17Cのクノッソス宮殿、BC5Cのパルテノン神殿、AD14Cのロードス 騎士団長宮殿、メテオラ/メガロメテオロンと幅が広い。事前の歴史勉強も結構楽しいものだ。



ギリシャ・エーゲ海の旅 の地図



ギリシャ歴史地図


ギリシャの歴史

  アテネではオリンピックスタジアム、シンタグマ広場、無名戦士の墓、ゼウス神殿、アクロ ポリスがコースとなっていたが、何と言っても圧巻はアクロポリスであった。オリンピックスタ ディアムから見上げるアクロポリスも息を呑むほど美しい。



無名戦士の墓(後面は国会議事堂)


第1回近代オリンピック開催のスタジアム


オリンピックスタジアムからのアクロポリス
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アクロポリスの模型
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  アクロポリス前門プロピレアの階段からの眺めは素晴らしい。古代アゴラが前面に広がり、最も原型を 留めるヘファイストス神殿が白く建ち、その向こうにアテネの市街が美しく広がる。



アクロポリス前門
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古代アゴラ、ヘファイストス神殿
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    何故パルテノン神殿がヨーロッパの建築の鏡となり、世界遺産ロゴとなっているのか? パルテノン神殿は、王の権威でなく都市国家アテネの力を示すために当時の政治家 ペリクレスが彫刻家フェイディアスに命じて作らせ紀元前438年に完成した。 ガイドの説明「パルテノンの基壇は水平でなく球面であり、東西8本、南北17本、計46本の 柱は天空の点に向かって内側に曲線を画いている」を聞きながら神殿を眺めると、ドーリア 式の重厚な柱に軽快で優美さを与え、そして力学的にも優れたフェイディアスの設計の狙 いがわかる気がする。従って、すべての柱、柱を構成する台座に同じものはないという事になる。 更に建物の高さと幅の比の黄金比、破風部の彫刻レリーフ等が後世に大きな影響を与えた。   左にエレクティオンがあり、カリアティード(女性像の柱)が美しい。ここのは6体とも複製で、 本物は5体が新アクロポリス博物館に、1体が大英博物館にある。



パルテノン神殿
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エレクティオン
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  午後が自由時間だったのは幸いだった。まずは国立考古学博物館に、有名なミケーネの「黄金 のマスク」や「ポセイドンのブロンズ像」を訪ねた。見落としてはならないサントリーニ島の アクロティリ遺跡の「ボクシングをする子供たち」もここに陳列されている。



国立考古学博物館


黄金のマスク(アガムメノン?)


ポセイドンのブロンズ像


アフロディテ


アクロティリ遺跡のボクシングをする子供達(左)


アフロディテとパンとエロス

  更に新アクロポリス博物館でアクロポリス/エレクティオンの本物のカリアティードを見た後、遺跡が 点在するアゴラの中を眺めながら(15時閉門、中に入れず)お祭りでごった返すアゴラ外周道路を歩いた。アテ ネの街では不安全の懸念もあったのだが、実際歩いてみるとそんな感じがしない。イタリアや フランス、スペインよりもずっと安全な感じがする(移民が少ないからだろうか?)。



遺跡の上に建つ
新アクロポリス博物館


エレクティオンの
カリアティード(女性像の柱)

アクロポリスから古代アゴラを下に見る、
古代アゴラからアクロポリスを上に見る




     アテネからバスで20分のピレウス港から乗船し、ミコノス島→クシャダス(ここのみトルコ国)→ パトモス島→ロードス島→クレタ島→サントリーニ島→ピレウス港の4泊5日のエーゲ海クルーズがス タート。3月でまだシーズン初めということもあって乗務員330人に乗客400人(定員の半分以下)だったので、 船も小さめのオリエントクイーン号16千tとなったが、ハイシーズンにはの38千tの船で乗客1500人になるという。 下船する島々では船会社が主催するオプショナルツアーが各島当り60EURO程度の結構な価格で 有り、予約が必要であったが、出発前にネットで詳細なエーゲ海クルーズ旅行記を見つけ、 検討した結果、事前勉強し自分らで行きたい所に行く事とした(ツアー説明は英語だったし、 タクシーを使っても安上がりになりそうだから)。   乗船前にパスポートを渡し代りに乗船IDカードを受取り、船内口座を作り船内での買物はすべてこの口座に加算された。 面白いのは船内チップで、一定額/日が自動的に精算される仕組みになっていたがチップに不慣れな日本人には気楽かもしれない。   我々の船室は4階だったが、公共スペースが5,6階にあり、5階は受付デスクや免税店、 6階にはレストラン、ショーステージが有った。   船内連絡はアナウンスと船内新聞で行われる(共に日本語あり)が、乗下船時刻は頻繁に 変更になるし船内での催し物すべてが書かれているので、これらのチェックには気を使った。



オリエントクイ―ン号


ピレウス港を出発!


船室内


船内新聞

     

    そうこうするうちにミコノス島だ。ミコノスには池田満寿夫の映画「エーゲ海に捧ぐ」の イメージが有り真昼間に着きたかったが、下船予定は18時。それでも若干早く着いたので日没 18時30分を意識しながら小雨の中を湾伝いにカトミリの風車をめざして急ぎ足した。暗くなる はずが真っ白で瀟洒な建物のお陰でいつまでも明るい感じ。風車群やリトルベニスを背景に 写真に収め、真白で明るい建物と路地を、食事休みする時間も取らず、迷路歩きし、ミコノス 島を堪能した。



ミコノスを湾沿いに歩く


リトルベニスとカトミリの風車


白い街を歩く
(動画は下をクリック下さい。)


セント・ニコラス教会
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    クシャダシはエーゲ海の東側のトルコ領だが、近くに世界遺産エフェソス遺跡がある。ここ からはエフェソス遺跡巡りが定石だが、我々はかってのトルコ旅行で見物済みだったので、 世界の七不思議の一つ「アルテミス神殿遺跡」と「聖母マリアの家」を訪ねる事にした。 クシャダシの街に出ると案の定タクシーの運転手が執拗に声掛けしてくる。往復48EUROで交渉 成立して、まずはアルテミス神殿遺跡に向かった。遺跡は殆ど倒れ往時を偲ぶ術はないが七不思 議となった巨大さは理解できた。マリアの家は山上にある。以前訪ねた時は行列待ちだった 記憶があるが、今回は我々の他に少なく落ち着いて見れた。運転者はサービス精神旺盛で、 帰りにセルジュクトルコのセルチュク城やイサベイジャミイにも寄ってくれた。セルチュクトルコは 11世紀にエルサレムを占領し十字軍のきっかけを作った国だ。   クシャダシに戻ったのは昼前で太陽がエーゲ海の碧を演出し実に美しい。ここはトルコの 建国の父アタチュルクの像が上から見下ろす丘と出島のキルジン島が対比し、とにかく海の碧 と透明度が素晴らしい。魚が泳ぎウニが岩に黒くへばり付く様がよく見える。



クシャダシ キルジン島


アルテミス神殿跡、背後はイサベイジャミイ


聖マリアの家


聖マリア像

世界の七不思議の一つ、アルテミスの神殿、
かっての栄華を偲ぶことは難しい




    パトモス島はAD1Cに聖ヨハネが追放された島で、黙示録を記した洞窟や聖ヨハネ修道院の世界 遺産がある。前夜の船内新聞によるとパトモス島への到着は遅れ出発は早まっていたので とても自力訪問は無理と考え、急遽オプショナルツアー参加を申し込んだ。洞窟も修道院も 急峻な坂を登る高所にあるので、ツアー参加して良かった。上からの眺望はスカラの町並み や我々の船が停泊する港が見え素晴らしい。



聖ヨハネ洞窟からスカラの街を臨む


聖ヨハネ洞窟入口


聖ヨハネ修道院


聖ヨハネ修道院


    朝甲板に出ると、左に旧市街、右に新市街のロードスシティ全体が眼前に広がり、正に壮観。 船を降り海岸伝いに旧市街を通り過ぎ新市街にあるバス停と観光案内所を探し当て、当日の 計画を練ったが、バス時刻の関係で、ロードスシティ新市街、リンドス、旧市街の順に 訪ねる事にした。新市街というがここが紀元前の歴史のところで、郵便局、市役所など 由緒ある建造物が並び、マンドラキ港の入口には牡牝の鹿の像を見つけた。 ここら辺にBC3Cに世界7不思議の一つ、太陽神ヘリオスの巨像が跨いで立ち その下を船が通過したという。
  



ロードスシティ(左が旧市街で奥に騎士団宮殿、
右が新市街で前面マンダラキ港
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ロードスでエーゲ海に触る
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BC3C、ロードスシティのマンドラキ湾に跨っていた
太陽神ヘリオスの巨像(37m高さ)の想像図



9時発のバスで80分かけて島の東側のリンドスに向かった。リンドスのアクロポリスはネッ トで絶景との評を見て行きたくなった所である。バスを降りてアクロポリスを目指し街を抜け、 中世のヨハネ騎士団の城、更にヘレニズム期の神殿、登り切った所にアテナリンディア神殿が ある。道の途中からも頂上からも下の紺碧のエーゲ海、緑の山、真白な街並み、城壁、神殿 が一望にできる素晴らしさは他では得られないものだろう。



リンドスのアクロポリス
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リンドス アテナリンディア神殿
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実は行きのバスに友人が帽子を置き忘れ、リンドスのバス停で尋ねるもロードスシティの バス事務所で訊けという。ロードスシティに戻ったのが14時過ぎで早速バス停事務所で尋ね ようにも不在。観光案内所は15時閉とあるが14時半には無人で結局諦めた。その後急ぎ 旧市街見物を始めた。エルサレムで巡礼者看護の医療活動をしていた聖ヨネ騎士団がセルチュクトルコ 軍に追われ、ロードス島に移り住み建設した街が世界遺産の旧市街だ。城壁の中に入り 見所の騎士団長の宮殿を目指したが、15時閉が当日に限り14時半閉で入れず。代りに壮麗な 外観を種々の角度から見る事とアンボアズ門の強固な3重堀を見て満足せざるを得なかった。 旧市街の街並みでは、中世の騎士が出てきそうなイポトン通り、中世の町並みが色濃く残る オミロウ通りなど時間ギリギリまで歩いた。それにしてもギリシャの人よ!もっと働いて欲しい!!



ロードスシティ 騎士団長宮殿前
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中世の騎士が出てきそうなイポトン通り
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    クレタのイラクリオン港にはに朝早く船が到着した。追いかけてくるタクシー 運転手と往復30EUROで交渉成立しクノッソス宮殿には一番早く到着した。 クレタ文明はBC30-BC15Cに栄えたが、クノッソス宮殿はラビリントス(迷宮)と牛頭人身の怪 物ミノタウロス、テセウスとアリアドネ、等の有名な伝説を持つ。3700年前の宮殿、特に壁画が 生々しく美しく復元保存されている様には驚いたが、一方これが世界遺産でない事にもっと驚 いた。発見者エヴァンスが恣意的復元をし過ぎたとか、ギリシャ政府の熱意の問題とか言われ ている様だが、何故か?は迷宮入りのようだ。この後イラクリオンに戻り考古学博物館に行って 本物の壁画に出会ったが、宮殿のみならず考古博にも行けたのは、オプショナルツアーでは できなかったことだ。



クノッソス宮殿全体図(140m×140m)


北の入口の野牛狩りの壁画


王の間


女王の間(イルカの間)


青の貴婦人と野牛狩りの壁画
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イルカとパリジェンヌ
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   11時にはクレタ島を出港し、サントリーニ島に向かった。   サントリーニ島はプラトンの「ティマイオス」に出てくる「理想郷だったが大噴火で消えた 幻のアトランティス」ではないかとの説もあり、ロマンがかき立てられる島だ。   甲板に出たのだが、物凄い強風で立っていられず手すりにしっかり掴まり移動しながら、 噴火で内側が陥没し特殊な形状となった島を確認した。真白く山上に冠雪がある島が見えて 来たと思ったが、徐々に近づき、それが島の高所に這いつくばって建つ白亜の家々と判った。 (この白壁はサントリーニ島が始めたものと言う)。陥没のためであろう、この島の海岸線には 平坦な土地がなく街はすべて崖上に有る。幸運にも天候が改善し出したのでテンダ ーボート経由で強風の中、何とかフィラの街の崖下のオールドポートに着岸できロープウェイで崖上の街に登った。   この島でやりたい事は、フィラからイアまで行き「イアの街と夕日」を眺めること、特殊な形状となった 島をじっくり眺めることだ。ここでもタクシーと30EUROで交渉成立した。フィラの絶景ポイントを収めた後 イアには20分で着いて狭い路地を海側に歩くと、求めていた壮大な景色が眼前に飛び込んできた。お伽の街に来 たかのように、青い丸屋根と真白な壁が崖に段々になって這いつくばって建つ様と 遠くには 中央が噴火で陥没し、垂直の崖の島々が取り囲む雄大な景色が秀逸だ。   残念なことに風は強く、海は荒く紺碧のエーゲ海にならず、曇が多くイアの夕日は拝めなか ったが、ハイシーズンならごった返すところを、ゆったりと絶景を楽しめたのは大正解だった。



山に冠雪?いや白い街並


ケーブルで崖上フィラの街へ


フィラの街から眺め
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イアの街
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サントリーニ島がクルーズの最後となったが、ここでクルーズで経験したこと を振り返ってみた。
  乗船すると直ぐ甲板デッキで避難訓練があリ、続いてショーラウンジで華やかな船内スタッフ 紹介があり、日本人スタッフ宮川若菜さんの紹介もあった。その後は船内での催し物、 即ちギリシャ語レッスン、ギリシャダンス、ギリシャ神話クイズ、ダーツ等などに興味本位に参加した。
毎日、各島での観光を終えて船に戻り夕食を20時からゆっくり食べた後、22時からナイトショー (求めに応じて自らもステージでダンスを楽しむ)というパターンで、船は殆ど夜中に走り朝7時 に港に上陸開始、その前に5時起き朝食なので、全てをこなすには大変忙しい。「何でもやって  みよう」の精神で臨めば時間を忘れて楽しいが、忙しく体力との勝負でもある。特別版として キャプテンカクテルパーティー(船長招待)があり、入口で船長と一人づつ写真に収まるサービ スがあり、カクテルを傾けながら船長の挨拶やオフィサーの紹介を聞き、続く夕食時もコックや 給仕によるショーがあり、またツアー会社主催のフェアウェルパーティーもあった。   少なくともこのクルーズは優雅な船旅ではなく、体力勝負で楽しんだ旅となってしまった。




毎夜催されるショー
(動画は下をクリック下さい)

毎夜のパーティー
cruiseshow.wmv へのリンク captainparty.wmv へのリンク

  クルーズを終わりピレウス港下船が朝7時、一路デルフィに向かう。デルフィは予言の神 アポロンの神託(神のお告げ)があり、個人は勿論 指導者も国の大事を決定していた聖地で BC8-6世紀が最盛期だった。アレキサンダー大王も東征行きを占いに訪れ彼らしい逸話が残っている。 又ここが世界の中心とされ、その象徴、「大地のへそ」がデルフィ博物館にあった。   両脇に各種記念物の陳列やアテネ人の宝庫などを見ながら聖道を上って行くと、神託が行 われていたアポロン神殿に辿り着く。更に結構な坂を上って行くと古代劇場、更に上には4年 に一度競技会の行われたスタディオンがある。デルフィはパルナッソス山の中腹にあり、眼下 に見る遺跡群、一面のオリーブ畑、遠くにコリンティアコス湾の眺望は格別だ。実は道路を 挟んだ下の遺跡はアテナの聖域であり、望遠で美しいトロス(円形神殿)を確認できた。



デルフィの模型


最も高所にあるスタジアム(競技場)


古代劇場とアポロン神殿


トロス(円形神殿)


大地のへそ


青銅の御者の像

    デルフィの後、バスはカランバカに向けて4時間走ったが、途中テッサリアの平原から、 ギリシャの神々の宿るオリンポス山2900mが冠雪美しく望めた。   翌朝はメテオラの修道院巡りだが、メテオラとは「空中に釣り上げられた」という意味で、 20世紀初頭までは岩山に階段も梯子もなく、滑車に吊るした網袋だけが人や生活物資を運 ぶ手段だったという。何故こんなに奇岩の上に修道院を作ったのだろうか?それは外界との 生活を絶ち山奥で神との交信を求めたのが目的という。   メテオラの奇岩群は幾重にも重なっていて、各々の頂上に修道院が帽子のように乗って いる。我々が目指すメガロメテオロン修道院は最も奥にあり、14世紀建造のメテオラ最大の 修道院。ギリシャ正教は偶像崇拝禁止だが、許されているイコン(聖画像)やフレスコ画が 数多くあり、イスタンブールのアヤソフィア寺院、ロシアの教会を思い出した。ここの奇岩は 500m程の高さがあり、眼下には冠雪の山々、カステラキの街を望み素晴らしい景色だ。



12神が宿るオリンポス山


カランバカの街に近づく


聖ステファノス修道院


聖トリアーダ修道院(映画007の舞台となった)


聖ヴァルラーム修道院


聖メガロメテオロン修道院


メテオロンの運搬用滑車


メテオロン大聖堂


     今回の旅行のメンバーは、海外100回目の組も居たし、年に8回海外旅行の人も居た、概 して旅行慣れした人が多かったようだ。スーパーマーケットが何処か?をガイドに聞いて、 土産や食料を買ったり、タクシーの値切り方も我々以上にベテランだった人も居た。ギリシャ 料理ではトマトとオリーブ油をふんだんに使った料理が美味しかったし、土産にはオリーブ油を を大量に買い込んだ。クルーズは初めての体験であったが、合理的な運営と乗客への溢れる程のホスピタリティ ーを感じた。時期的にも春先の旅は混雑なく景色も美しく満足の旅だった。   帰路はアテネ発フランクフルト経由成田行きのルフトハンザであったが、フランクフルトで の話を2つ紹介する。 一つは成田行き出発直前になって、帰国を1日遅らす人を15人募集、 その人にはホテル、食事代のみならず600EUROボーナスを出すというのだ(ルフトハンザのオー バーブッキング)。我々はグループとしての判断が若干遅目となり選に漏れたが、外れると 悔しい思いが一頻り、二人で15万円の小遣いは欲しかったなあ!   2つ目は空港の売店で、ドイツの観光マグネットを買おうと私が小銭を勘定していたがどう しても足りない。いつの間にか売店の人が私の後に回っていて一緒に数えていたらしい。 「4セントは次回来る時まで貸してあげる」という。私も「覚えとくよ」と応じて買物した。

 ギリシャ・エーゲ海旅行を終わって
  古代ギリシャの文化・芸術と民主主義は、西欧人を魅了し、ルネッサンスを興し、現代 社会の礎を作った。  エーゲ海の紺碧の海と対比を成す、ギリシャの至る所で見られる神殿、遺跡、彫像群の 神話の世界に入ったような神々しさと美しさ、しかもそれが王の権力でなく民衆の力を示す 民主主義のために作られた。今回の旅行を通して、私もギリシャの特異な素晴らしさに改めて 魅了させられた。   しかし、文化・芸術と民主主義の生まれの地が今取り残されている。ギリシャはルネッサンスや 産業革命の外にいて、直近も民政移管後わずかであり、甘い財政と赤字隠しでユーロ 危機を招いた。緊縮政策の結果、失業率は30%弱、特に若年層は過半が職無し。一方で国家 公務員は全体の1/5を占め、給料は倍という。そして我々が旅で感じたのは「ギリシャの人よ、 もっと働いてよ・・・」、この国の病を垣間見た思いがした。過去の誇りと現在の屈辱が同居 しているだけなら良いが、それが諦めや虚脱になる事がより恐ろしい。いつ大爆発するかわからないから。   そして、このことは財政赤字も若者の無力感も今の日本に共通する気がしてならない。



補足資料1.オリンポスの神々(オリンポス12神)



補足資料2.世界の七不思議(一般的に挙げられるのは下記)



ギザの大ピラミッド


バビロンの空中庭園


エフェソスのアルテミス神殿


オリンピアのゼウス像


ハリカルナッソスのマウソロス霊廟


ロードス島の巨像


アレクサンドリアの大灯台


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